#2 04/09
情報屋といっても、仕事内容は人それぞれである。
一般人では迂闊に外を歩けもしない治安の悪いスラムでは、人やら猫やらを探すことさえかなりの危険が伴うもので、そういった面倒ごとは、開かれた情報屋に持ち込まれることが多かった。開かれていない情報屋とはなにかというと、薬の密売の手引きをしていたり、テロリストと手を組んでいたりと裏で暗躍している人たちで、そういう情報屋のほうが圧倒的に多いのが現状だ。過去に国民を大混乱に陥れたこともあるために、現在は違法とされている職業である。
ナツキは大体、探偵の真似事のようなことをして賃金をもらうことの多い、平和を何より好む情報屋であった。
それでもスラムで生きる以上危険が伴うのは確かで、それなりの度胸と知恵、そして他でもない戦闘力を問われる場面は多くある。実際、純粋な戦闘力の高さと経験の豊富さによる安定感から、彼女に用心棒のような仕事を頼む一般人も少なくなかった。企業同士の情報戦争に加わったりすることもなく、気ままに平和に過ごそうとしているのが、ナツキという少女だった。
異能を宿していた時点で、世間から迫害され、表で生きていくことのできなくなる荒んだ世界だが、彼女はそれなりにこの世界で楽しく生きていた。なにせ、齢10にも満たないころから情報屋として1人で暮らしているナツキだからこそ、持ち前の前向きさもあいまって、楽しめるだけの余裕があるというわけだった。
そんな彼女には悪い癖がある。スラムに住んでいながら人に対する警戒心が薄いこと。これは油断ではなくもともとの性分であった。基本的に、目の前の人間に悪意ばかりしかない状態を、あまり想像したがらない。そしてそれは、牙を剥かれたら難なくかわしてしまえるだけの能力が培われていることで悪化した。
加えて彼女は非常に世話焼きだった。それこそどうしようもない性分としてである。そしてそれら2つがあわさると何が起こるかというと、彼女の場合、人を拾うのである。
スラムのはずれの静かな場所にひっそりと建つアパートがある。そこがナツキの住まいであった。
レンガ調の壁は経年劣化が見られるものの古臭くはなく、綺麗な状態で保たれている。そのアパートの2階の端、205号室に、ナツキの自宅兼事務所はある。依頼人と打ち合わせをするのもこの部屋だった。
「ナツキ、おかえり…うわ、どうしたの」
ナツキがそのドアを開き、先ほど爆破の異能を持つ青年との戦闘で負傷した右足を軽く引きずりながら部屋に入ると、心配そうにナツキを出迎える声があった。
長めの優しい花葉色の髪に、ぼんやりと遠くを見るような焦げ茶の瞳を持ち、深い緑でゆったりと余裕のある厚めのパーカーを羽織った、細身の少年である。身長は高くはなく、ナツキと目線もさほど変わらない。
「ちょっとね、通り魔に遭ったの。暗くてよく見えなかったけれど、鏡見四季だったかもしれないわ」
「あの連続殺人鬼?…そうだとしたら、よくそんな怪我ですんだね…」
「もしかしたら、よ」
ナツキは少年の心配そうな目線に軽く微笑んで、右足を庇いながら部屋の奥へと進む。棚から救急箱を取り出すと、「ナツキは不器用だから」と言った少年がそれを受け取り、手当てを始めた。
「ねえ千代森、今日のご飯は?」
「肉じゃがだよ」
「ふふ、ありがとう。…、記憶は?」
「…かわらないよ」
千代森、と呼ばれたその少年は、てきぱきと消毒をすませながら、ナツキの質問に答えた。
千代森こそ、ナツキが1年前にした拾いもの、そのものである。
ナツキが用心棒として雇われた先で暗殺者2人と鉢合わせ、その戦闘に巻き込まれてしまったのが千代森だったのだ。暗殺者を追い払ったのち、巻き込んだ侘びにと手当てをしているなかで千代森に記憶が無いことを知り、だったらと同居を始めてしまったのである。記憶が戻り仕事に就くまでの間、情報屋補佐として働いてくれと、ナツキから持ちかけたのだった。
そうして記憶喪失の情報屋補佐、千代森香澄は、今日もこうして家事全般をこなしている。ナツキは1人で生きてきたわりにはひどく不器用で、怪我こそしないものの料理する手つきがひどく危なっかしかったり、洗濯物をたたむのもへたくそだったりしたので、彼女が不器用を披露するたび仕事を変わっていたら、いつの間にか全般が千代森の手に委ねられたというわけだった。
そういう理由で始まった奇妙な同居生活は、今のところ何の問題もなく、穏やかな日々を送っている。