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#25 06/23

「踏み込みが甘い」

 麻木はそう言って、赤間が踏み込んだその足を木刀で横から思い切り叩き、よろけた肩に追い討ちをかけて地に転がしたりまでしたものだから、おれは見ていられなくなって、その場を離れてしまった。

「だからやめておけと言ったんだ」

 地下の訓練場からオフィスに戻れば、顔色から諸々を察したらしいレイくんがおれにそう言って、呆れたように目を伏せた。
 たしかに見ないほうがいいと赤間にも言われていたけれど、だからってあんなに痛そうな稽古をつけるだなんて思わなかった。レイくんもおれに訓練をつけるけれど、木刀で思いっきり、なんてことはしない。いつも寸止めだ。

「…だから麻木は、レイくんに甘いって言うんだね」
「今のお前にはあれで限界だということも分かっている。だから言うにとどめているんだろう」

 逆に言えば。赤間はできるくせに意識が足りていないから、そういうところを直すために、痛みで躾けているのだと。レイくんはそう続ける。

 よく分からないなぁ、と、おれは思った。赤間は十分強い。本当の戦いで負けたところなんて見たことがないし、レイくんとの乱取りだって連戦連勝だ。これ以上強くなってどうするのだろう、仕事柄強いに越したことはないと分かってはいるのだけれど、赤間はあまり、強さに興味はないみたいなのに。
 勝ちたくない、って。赤間は昔に言っていた。それは多分、だれかを殺したくないってことだし、スラムを歩いていて襲われたときも、いつもおれを担いで逃げるだけだった。戦うことが好きじゃないんだってことは、色んな言葉や表情から、いつも伝わってきていた。

 レイくんは、麻木は分かっている、って、いつも言っている。だったらどうしてあのひとは、赤間を戦わせるのだろう。ねえ、と口を開いて、けれどすぐに噤んだ。何度もレイくんに聞いたのだ、そのたび毎回、知らんとそっぽを向かれている。だったらとオフィスを見渡して、今ここにいるのは後輩の橘と、

「ルイ、」
「…なんだ」

 レイくんの双子の兄。
 話したことってあんまりない。赤間がルイのことを嫌っているから。どうして、と聞いたら、澄ました頭でっかちは嫌いだって返ってきたのを覚えているけれど、相変わらず意識的に言葉を減らしているというか、あれは嘘ではなかったかわりに100%の本音でもなかった。でも、そうと分かってもそれ以上は聞かなかった。言いたくないから隠していることを掘り返すのは、赤間は嬉しくないだろうし、そんなことで嫌われるのは嫌だったから。

 とにかく、ルイのことを嫌っているのは赤間だけで、おれは別に嫌いではないし、レイくんが尊敬しているお兄さんなら、おれも多分、好きになれる。ような気がする。
 そう思いながらひとに話しかけること、これって意外と本当になるから大切だ。

「麻木はどうして赤間に戦わせるの?」
「……」
「え、ねぇ、どうして目をそらすの?」

 あれ、なんでかな。ルイは渋い顔でレイくんに目配せして、見られたレイくんもほとんど同じような顔で、ルイと黙り込んでいる。ねえねえ、とルイに距離をつめれば、ルイは余計に困って、ついにレイくんからも目をそらしてしまった。
 おかしいな、赤間はこうすれば大体のことを教えてくれるのに。ねえ、ともう一度近付こうとしたとき、その奥でぎしりと椅子の軋む音がした。

「俺も知りたいスね、教えてくださいよ、センパイがた」

 振り向いて言ったのは橘だ。よく分からないけど悪そうな笑い方でルイを見ている。

 どうしてか、言っていることはおれと同じはずなのに、橘が発言した瞬間に、空気がぎゅっと固くなった気がする。困っていただけのはずのルイは、橘と目を合わすこともなく地をきつく睨んでいて、おれがそれに気付いたのとほとんど同時に、隣からレイくんの溜め息まで聞こえた。

 これって、そんなに聞いてはいけないことだったのかな。おれは取り消そうとしたけれど、橘はわざわざ椅子から立ち上がってルイのもとまで来て、センパイ、と更に詰め寄った。
 ルイはさっきよりずっと嫌そうな顔をして、舌まで打って。

「…レイ、その子供を連れて行ってくれ」
「ルイ、でも」
「いいから、早くしなさい」

 珍しい、ルイがレイくんに怒っている。怒られてしまったレイくんは、何を言うでもなく。おれの首根っこを引っ掴んでずかずか歩き出した。
 おれが変なことを言ってしまったからなんだな、と思って、口だけはいつもみたいにレイくんに悪態をついて嫌がったけれど、大人しく引き摺られることにして、そのさなか、ちらとルイを見遣った。
 ルイは一転静かな顔でレイピアに手をかけていたから、ああ、このあと橘も怒られるんだなと、おれはそんな風に思った。

 

「…レイくん、ごめんね」
「俺は構わん。あとでルイに言え」
「ルイはなんで怒ったのかな」
「男が嫌いだからというだけだ」
「…おれのせい?」
「お前は子供だからそうでもないらしい」

 オフィスをあとにしながら、レイくんを見上げる。
 おれがもうあそこに戻るつもりはないことを分かっているから、首根っこだってとっくに離されていた。

 レイくんは、はぐらかすのが得意じゃない。けれど直接的にものを言うのも苦手だ。ルイとはきっとそこが違うし、レイくんのそういうところはきっと、おれと似ている。違っているのは、レイくんのほうが「直接言ってはいけないこと」を多く知っている、ということくらい。
 それからおれもレイくんも、はぐらかされるのは得意だ。干渉をあきらめてしまうこと。だからきっとおれたちは、赤間の隣にいられるのだろう。

「そろそろあれを迎えに行かんと、今ごろボロ布のまま転がっているぞ」

 レイくんがそう言ってくれたから、おれもそうだった、と大げさに跳ねて、訓練場まで走って向かった。

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