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#39 07/13

 晴天。

 

 鏡見四季は民衆のもと磔にされている。人々は群がり、彼の確保に喜びで沸いていた。

 記憶を取り戻した千代森は、異専に入ることになった。過酷だ、休みなどあってないようなものだと神田は止めたが、果たして本来の彼は頑固であったのか、その意思は固く、譲ることはなかった。

「人を殺してしまったぶんを、おれが償うためには、それ以上に人を助けること以外、ないと思うから」

 かつて"彼"が纏っていた、長くたなびく、深く青い制服。正義を背負う者の証。彼はそれを見て、すこし似合わないかな、と照れくさそうに呟いたけれど、そんなことはないとナツキは言った。決意のある者には、その制服は、誰にだって相応しいと思えた。

 それからもうひとつ変わったのは、上神マキの妹、ナギの面倒を、ナツキが見ることになったことだった。いずれは兄と同じ職業につきたいのだと、異能を持たない少女は笑顔を振りまいた。兄がもう、情報屋として働くことができないことを知っていながら、それでも彼女は笑った。それがマキを救うことを、きっと知っているのだろう。

「ナツキ、そうほいほい何でも請け負うものではない」
「心配してくれるのは有り難いけれど、知っているでしょう?」
「性分、というやつか。気にかけるこちらの身にもなれ」
「いやね、あなたの気を揉ませるほど弱くはないと、自負しているのだけど」
「…そういうことじゃない、と言っても、お前には伝わらないのだろうな」

 ことの顛末を聞かされたルイは呆れたような表情で笑い、自分はナツキの淹れた渋い紅茶を飲みながら、砂糖をふたつばかり落としたコーヒーを、レイに差し出した。彼は受け取ったそのカップを、ただいつもと変わらぬ表情で、じっと覗きこんでいる。
 ただなにとはなく、そう、なにともなく。あの男の、憎らしいほど安らかな死に顔を、思い出していた。衰弱しきって始末もできなくなっていた人形の代わりに埋めてやった、腐れ縁のことを。

 

「マキ、水を持ってきたわ」

 長塚の経営する診療所。ここの存在を知っていて利用したがるのは大抵異能なのだが、外での因縁を持ち込もうものなら彼に治療を放棄されるため、少しばかり特殊な空間である。主の気質を表すようにひっそりと開かれているそこは、伝手でもなければ知り得ることのできないような場所であるのだが、ナツキはといえば「上神の看病をするにもベッドが足りない」と相談したところ、ルイからここを紹介されたのだった。なんでも長塚は彼の雇い主の旧友であるという。

 あの日、鏡見に右足を吹き飛ばされた上神を保護したのは、ナツキだった。神田が鏡見を連行するさまをぼんやりと見届けたのち気を失った上神を抱え、二日後にはこの診療所へ連れてきた。
 上神とは、かつて共に護衛の仕事をこなしたり、はたまた情報を奪い合ったりと、同業者として薄くとも繋がりがあった顔見知りだった。上神にとって同業者など鬱陶しい存在でしかなかったかもしれないが、ひとが好きであるナツキにとっては当然、真逆の存在である。

 長塚の異能により傷口はすぐ塞がったものの、時間が経っていたこともあり急遽断面を塞いだだけで、内部のダメージまでは回復させられなかった。そのためしばらく安静と治療のためにと、入院することになったのだった。長塚の異能は非情に便利ではあるけれど、本人の治癒力を「消費」という形で強引に利用し傷を癒す力であるため、過剰に使用するのは患者にとって逆に毒になる。一気に完治させることは推奨されていないのだ。
 昔は金を机に叩きつけ「これでよろしく」と、当然のように完治を強請った患者がいたりもしたそうなのだが。

「……死刑執行は、今日だったな」

 差し出されたコップに口をつけることなく、上神はそう呟いた。ぼんやりと外を眺めている。その視線の先には、民衆に晒され目隠しをされた、鏡見四季の姿があった。

「…ええ、そうよ」

 上神が惜しんでいることを、ナツキは感じていた。

 彼らがどういう関係性だったのか、未だ図りかねている。妹の命と情報屋としての知識を握られ利用されていた、と聞かされてはいて、それは確かに「事実」であるはずなのだが、それでもまだ何かを隠されていると、そう感じていた。長年ひとと関わりその表情を見てきた、勘というものではあるけれど。
 ナツキの返事を聞いた彼は、吹き飛ばされ失くされてしまった足の付け根を、ひとつだけ撫でた。

 マキ。そう呼んでくれた声を、何度も頭で繰り返していた。刺々しい声色、けれど二人にしか分からない合図が、確かにそこにはあったのだ。

 わっと広場で歓声が上がる。見ていたマキは、ああ、もういよいよなのだと、なにに暮れるわけでもなく、理解した。

 

 晴天のもと、鏡見四季の首が飛ぶ。
 民衆は拍手喝采に沸いた。

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