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#8 05/03

 スラムの片隅のとある廃屋。そこが今の寝床だった。連続殺人犯として指名手配されているため、こうしてあちこちを転々として、警察から逃れる毎日を送っている。今日はどこで暴れようかなんて、そんなことを考えながら。

 オレの異能は目視で物質を爆破させるものである。それに"気付いた"のは確か、五歳のときだった。初めはただ使いたかっただけ、使ってみたいという可愛い好奇心で、けれどそれは結果としてあやしていた四つ下の妹を殺し、そのあまりの派手さにオレは楽しくなって、駆けつけた両親も殺した。それからずっと通り魔として人を無差別に殺し続け、それを生きがいとして歩んできた。世間が思い描く「異能持ち」を体現するような生き様をしている自覚はある。それでも狂っていると指を指されてもあまりピンとこないし、楽しいのだから仕方ない、一度やってみればいいのにくらいに思っていた。
 それから気分屋である自覚もある。それゆえ人を振り回しがちなこと、それが楽しいということも。


 ばかな男。情報屋である上神マキ。最近人殺しの次に楽しいのは、上神を振り回すことだった。

「四季、起きていたのか」

 噂をすれば。
 建てつけが悪く開かなかったために外してしまったドアのあった場所、部屋の境に立ってこちらに声をかけた男を横目で見やる。
 潜むべき職業とは裏腹に、ビビットピンクという目立つ色をした髪は長く、腰の位置でひとつにされていて、対照的に地味な松葉色の瞳は、いつも通り波ひとつなく静まっている。ひどく表情に乏しいその男は、頭が固くて気が利かなくて口数も少なくて、簡単に言えばつまらない人間だ。

 会話がほしいわけじゃない、殴っても鳴かないことがつまらないのだ。

 
 あれはいつだったか、二年は前になるだろう。朝焼けるスラムの路地にて偶然鉢合わせたのが始まりだ。

 退屈していたオレにとっては格好の餌だったし、スラムじゃすれ違う人間なんて七割がた危険人物であるため、上神も攻撃されることくらい想定はしていただろう。そもそもオレは指名手配犯だ、顔を見られた以上殺すのが道理。仕事柄人目につきたくはなかった上神と、なににも構うことなくやりたいように大暴れできるオレとでは、勝敗など戦う前から決まっていたようなものである。
 とりあえずオレを知っているか否かは抜きにして、爆音に警察が駆けつける前に殺してしまおうとしたところ、しかし上神は縋って、死ぬわけにはいかないというようなことを、ひとりでに話し始めた。情報屋という職業を明かした上で、自分のせいで親に捨てられた妹をひとり残すわけにはいかないのだと、オレに無理やりに弱みを握らせたのである。つまりは利用価値があるから見逃してくださいと、頭を垂れ情けなく命を乞うたのだ。
 確かに妹である上神ナギを人質とし、情報屋としての知識と経験をもってオレを警察から逃がすこと、生活に必要な資金を集めて提供することを上神に強いられれば、以前より逃亡生活がかなり楽になる。素人が適当に逃げ回るよりかは確実だろうし、自分は余計なことを考えずに済むようになって万々歳だ、…とは、普通はならないものなのだが。口先だけで生きている情報屋をそんなことで信用する人間がいるものか、そう切り捨てられることくらい、分かっていたのだろうに。そんな不利な取引でも、死ぬ間際ともなれば持ちかけるしかなかったのだろう。

 しかしなるほどそれは便利だと、頭の弱いふりで頷いて作ったこの関係には、絶対的な上下と嫌悪と緊張感しか、ない、はずだったのだが。

「ここはまだ生活線が生きていてな、今朝は久しぶりに焼いたパンが食べられる。冷めないうちに起きてきてほしい」
「……面白くない」
「ん?」

 そう、どうしたって面白くなかった。この現状が。
 上神マキから嫌悪以外の感情を向けられている、なんていう事実が。

 上神がオレを見る目は穏やかだった。殴っても。蹴っても。首を絞めても。踏みつけても。
 それがどうにも不愉快だった。面白くない。だって人が苦しんで悲しむさまを見るのが面白いから人を殺して回っているのに、そんな自分のそばにいる人間が穏やかなままだなんて、それが愉快なはずがない。

「キミ、ほんっとバカだよね」

 最初からそうだった。この男は馬鹿なのだろう、オレに向けているのは恐らく、同情だ。かなしいものを見る目。それが気に食わなくて、オレは毎日上神に手を上げる。男は毎日黙って殴られているばかりで、抵抗らしい抵抗を見せたことがない。時々呻く程度の電池が切れたようなオモチャで遊ぶのは、ひどくつまらなかった。合間に髪からのぞく瞳は、やはりオレへの嫌悪や拒絶、どころか苦痛さえもがなくて、それにまた腹が立つ。毎日がその繰り返しだった。


 オレは幼稚なふりをして生きる。人の気持ちや都合を考えようとしたことがなく、誰かを大切に思ったこともほとんどない。そうやって生きることが好きで、だからそうやって生きている。それだけだった。
 オレの気持ちや都合を考えたことがある者もいないし、オレを大切に思った者もいない。
 そう考えているのだろう、この上神マキという、ばかな男は。見透かしているつもりのような瞳はいつでも同情だけがあって、オレが歪んでしまった理由なんていう存在しやしないものを、いつも探っている。
 救いようもない。

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